さとし日記

都内大学院生のブログ

「〇〇系」・「〇〇型」をはじめとする安易な単純化は極力避けたいところ。

世の中の事象の殆どは、0,1のようなわかりやすい区分ではなく、スペクトラム状になっているものだと思う。

 

ただ、多くの場合、その複雑さをそのまま理解することは人間には難しく、ある程度単純化して理解したつもりにするというのは致し方がない。

 

一方で、極力理解しようと努め、常に自分の理解が十分でないことを自覚することも重要だと思う。

 


普段自分が勉強する時も、知識を増やそうというよりは、思考の根幹を成すような抽象的のものを扱うことが多い。

 

それらはとても難しく、勉強するのに膨大な時間がかかってしまうが、ものを考える時の解像度が上がる感覚が得られ、同時にこれまでの自分の思考の浅薄さを思い知ることになる。

 

この一連の流れは往々にして強い衝撃を伴うので、報酬系が刺激されクセになる。

自分が「勉強」が好きな理由の1つはここにあるような気がする。

 


やや話は逸れるが、このような営みにより、精神の安寧を保てている部分はある気がする。

 

世の中の諸問題に関心を持つことはとても重要だと思うし、自分も毎日ニュースを確認して色々と考えるようにしている。

 

ただ一方で、全てに心を動かされていたら、気疲れしてしまい、まともな精神状態を保つことが難しくなってしまうと思う。

 

揺れ動く部分があるのは当然だと思うが、自分の中に思考の「土台」のようなものがあると、扇動的な言動にも過度に流されず、平静を保てることが増えてくるように感じる。