さとし日記

都内大学院生のブログ

「お前が言うな」が成立し得る属人性の高い議論には違和感を覚える。

全く同じ発言内容でも、発言者によって、発言内容の妥当性や評価が変わってくる議論は個人的には違和感を覚える。

 

ある社会問題に関して、「部外者が口出しするなよ」という受け取り手の感情は理解できるけど、発言内容の妥当性とは切り離して考えるべきだと思っている。

 

部外者の発言はしばしば的外れであり、当事者でないとわからない事情があるのは確かだと思う。

 

ただその時「部外者だから的外れなことを言う」という因果関係は成立しないし、議論すべきは発言内容そのものであり、発言者の社会的な立場ではないと思う。

 

そもそも発言者が当事者であるか否かが重要なのであれば、匿名での発言や、なりすましての発言はどのように評価されるのか。

 

全く同じことを言っても当事者だと判断されるか、そうではないと判断されるかによってその発言の妥当性は異なってくるのだろか。

 

もし異なるのであれば、それは受け取り手の主観に大きく左右されるものであり、そもそも議論として成立しないのではないかと感じる。