さとし日記

都内大学院生のブログ

あれだけ億劫に感じていたスマホでの文字入力にも慣れてきた。最近「ニューノーマル」という言葉をよく耳にするが、人間の適応力を以てすればそれがすぐに「ノーマル」になるのだと思う。

ダラダラと長文駄文を書いているのに意外と多くの人が読んでくれて嬉しい。

文章を書くのは好きなので、Twitterの延長として暇なときに書いていこうと思う。

だいたい暇なので更新頻度は高めになると思う。


普段から大学、大学院での勉強や研究とは別に、趣味としてその時々の気分で色々なことにちょこちょこ手を出しているが、最近は数学をやることが多い。

以前にも書いたが、苦節?十余年でようやく少しは数学に慣れてきたように感じる。

おそらく元々抽象度の高い議論が得意な方ではなかったが、反復練習していく中で自然と理解できることが増えてきた。

 

幸か不幸か、昔から周囲には数学が得意な友人が多くいる。
凄いなぁと感心する人もいれば、「本当に同じ人間か?」と狂気を感じる人もいたりする。

彼らの見る景色は一生見ることはできないかもしれないが、残り香を感じられるようにはなってきたかもしれない。


下手の横好きとは言うが、なぜ得意でもない数学が面白いと感じるのかというと、ダイレクトに事象の捉え方、考え方が変わるからだと思う。
変わるというより確度が上がるという言い方の方が近いかもしれない。

勿論、知識を積み上げる中でそこに一般性を見出すこともあるが、数学ではより直接的にそれを行うことができる。

そうすることで、ある物事を見る時の解像度が上がる感覚が得られる。
あくまで感覚であって、実際に上がっているかはさて置き。

英語の早期教育など、言語に関する議論は度々なされるが、言語化以前の情報処理の仕方も同等かそれ以上に重要なのではないかと感じる。


同様の理由で哲学や物理も面白い。

特に物理は近似を含むとはいえ、自然現象を数理モデルに落とし込むというのは中々常人ができることではないと思うので、畏敬の念を抱いている。

物体の運動を観察し、それを微分方程式で記述できると考えたニュートンはあまりに偉大だと思う。

「物理」で学ぶことの殆どはそのモデル化されたものを「解く」作業になるが、それでも先人達の英知に触れることができるので面白い。


そんな非凡な先人達が一生をかけて生み出したものを自宅にいながらほぼ無料で学ぶことができるのでつくづく良い時代だと感じる。

この先も時間を持て余すことは無さそうだ。