さとし日記

都内大学院生のブログ

教育系のアルバイトを強く敬遠していた理由

自分の理解が必ずしも正しい自信が無く間違えたことを教えかねないとか、

今の時代一律に同じことを勉強するのはどうなのかな?とか、

生涯学習という観点では勉強は自習の方が長期的には良いのでは?とか

色々あるけど、範囲の決められた勉強に戻りたくないというのが一番大きな理由だったのだと思う。

 


文部科学省が定めた検定教科書の内容を勉強し続け、その範囲内で作られた、やたら凝った問題を解く行為にあまり意味があるようには感じなくなった。

「そんなこと言っておいてお前はその教科書を理解できたのか?」というとできていない箇所も沢山あるとは思うし、どちらかと言うと受験勉強は得意な方ではなかった。

ただそういう問題ではなく、「大学生になるまではひたすらこの範囲をやりましょう」という教育システムがあまり良くないと思っている。

 

 

自分が中高校生だった頃は一生懸命やっていたし、それなりに楽しんでいた。

ただ、大学生になって検定教科書の外に広がるオープンエンドで楽しい世界を知ってしまったので、今更戻ることはできない。

知的快楽における「ラチェット効果」のようなもので、一度上げてしまった満足の基準はそうそう戻せるものではない。

わからないこと、難しいことも沢山あるからこその楽しさを感じる。

 


そんなわけで、塾講師や家庭教師をやるなら英語一択だった。

理由としては実質的に「出題範囲」というものがなく、自分の勉強にもなるからだ。

(最近ではプログラミングを教えているところもあり、これも範囲がないことが殆どだが、まだまだ児童向けのものが多く、今更自分の勉強になるレベルではなかった。)

 

基本的に教える科目は国数英社理のいずれかになると思う。

 

 

まず現代文。

現代文も実質的に「出題範囲」はないが、設問の文章を読むくらいなら、好きな作家の本を読みたい。

また、設問の文章は、稀に原文が全文が掲載されることもあるが、抜粋であることが多い。

作品を部分的に読んでも単なる情報処理ゲーに終始することになり、それが面白いと感じることは殆どない(個人の感想)。

素早く情報処理することもそれはそれで楽しいこともあるが、その題材は切り取られた文章である必要はない。

今更そんなことをするくらいなら、好きな作家の本を読みたい(2回目)。

 

 

古典。
古文単語や助動詞の活用・意味はかなり抜け落ちてしまったので、教えようと思うと勉強し直すことになる。

科目としての「古文」は(自分にとっては)しょうもない文章が多く、わざわざ勉強し直してまで教えたいとは思わない。

漢文の句型とかは今でもかなり覚えているし、漢文は含蓄に富む文章が多かったので、かなり好きな科目ではあった。

ただ、今更やるくらいなら中国語を勉強したい。

というかフランス語の次に中国語をやる予定だから、古文や漢文を勉強し直すくらいなら、フランス語をやりたい。

 

 

数学。
一番頑張った科目ではあるが、SciPyを使えば数行のプログラムとコンマ数秒の実行時間で解ける問題を手計算で解くのは狂気を感じる。

勿論、そんな数値計算は些末なことであり、論理的な思考力を養う上で非常に重要な科目であるとは思う。

それにしても関数電卓すら使えないのは時代錯誤のように感じる。

時代によって求められる能力は異なるので、手計算が好きなら勝手にやっていれば良いと思うが、全員に強いるのはおかしいと思う。

今更チマチマした手計算の工夫とか勉強し直したくないしなぁ。。となってやめた。

 

算数では方程式すら教えてはいけないことになっているのでもっと無理だった。

大人は小学生をなめていると思う。

自分は文字式の扱いが初めは苦手な方だったが、その方がすんなり理解できる人もいると思う。

将来的に「なんちゃら算」を使うことはないし、特にそこから得るものも殆どないと思うので、単なる子供騙しであり、時間の無駄だと感じる。

 

 

理科、科学(物理, 化学)。

大学の範囲を勉強すると、それまで暗記せざるを得なかったものも理解することができるケースが多い。

ただ、それらをいちいち教えるには膨大な時間がかかり、現実的ではない。

それっぽいことを言って納得させることも技術ではあるが、性格上それはやりたくないので、やめた。

理想としては今後の各人の研究課題として興味を持たせるようにするのが良いのかもしれないが、そのように仕向けられる人はごく一握りであり、素人のバイトがやるにはやや荷が重い。

話は逸れるが、個人的には大学初年度レベルの数学を十分にやっていない段階で物理を教えても、よくわからず毛嫌いする人が増えるだけのような気がしているので、数学を教えるペースをもっと早めるか、そもそも高校では物理をやらないかとかの方か良いのではと思ったりもする。

 

 

社会。

中学受験の社会はクイズ王育成ゲーなのではないかと思うこともある。

受験問題として出題される問題はまともなものも多いが、塾講師として教えるものは些末に感じるものが多い。

大学受験の社会は倫理政経以外は定期テストレベルでしかやっていないので、教えるとなるとそれなりに勉強し直すことになる。

倫理政経は教えるようなものではない気もするし、需要もなさそう。

 

 


そこまで言っておいて、なぜ家庭教師をやるのかというと、まずオンラインの授業なので、昨今の趨勢に適していると思ったというのが大きい。

本当はレアな体験ができるラグジュアリーホテルのフロントや、結婚式場のスタッフなどをやってみたかったが、それらはオフラインで行われる接客業なので、なかなか難しい。

一人暮らしで収入源がなくなると本当に破産するので、そういう意味で手堅いと思った。

TOEIC900点以上など、アルバイトの中ではそれなりに厳しい応募条件ではあるが、研修が終わるとそれに見合っただけの時給にもなる。

 


また、前述のように英語は自分の勉強にもなる。

性格上、それなりに準備して授業に臨むことになると思うので、良い復習の機会になると思った。

さらに、これを機に自分の外国語学習の遍歴を振り返ることは、今後のフランス語、中国語の勉強の参考にもなると感じた。

 


そして、合わなかったら辞めれば良い。

前に友達が「アルバイトは大人のキッザニア」と言っていたのが印象的。

将来塾講師になることはおそらくないからこそ一回やってみようと思った。

とりあえずやってみて、「やっぱり合わなかった」でも「案外楽しいじゃん」でもどちらも良い気づきだと思う。

就職してから転職するのはハードルが高いがアルバイトだとそこまでではない。

 


そうは言ってもやるからには全力で、生徒に満足してもらえるように最大限の努力をしていこうと思う。